30代の若い市長(当選時)が相次いで誕生している。今年だけで8人。全国では計15人(14日現在、全国市長会調べ)いる。背景には既存政治への不満、世代交代や変革への期待があるとみられる。衆院選の公示を控えた12日、6月以降に初当選した千葉市熊谷俊人(31)▽神奈川県横須賀市吉田雄人(33)▽奈良市仲川げん(33)の3市長が、毎日新聞東京、大阪両本社に集まった。テレビ会議システムを通じて、肌で感じた有権者の思いや、衆院選への期待、地方分権推進や、まちづくりへの意欲を語り合った。【司会は寺田浩章・東京本社地方部長】

有権者からの視線

 ◇発言の重み自覚−−熊谷俊人千葉市長(31)
 ◇職員見る目変化−−吉田雄人横須賀市長(33)
 ◇改革裏切れない−−仲川げん奈良市長(33)

−−市長になって初めて気付いたことや、戸惑ったことはありますか。

 熊谷俊人千葉市長 何気なく言ったことが職員に重みを持って受け取られたり、発言が自分の意図と違う理解をされることがあります。思いつきで話したり、ブログに書いたことが、一気に広まり、憶測を呼ぶことや、リアルタイムで自分の考えを発信したいと思っても、慎重にならないといけない場面もある。市議の時とは、発言の重みが違うことが分かりました。

 吉田雄人横須賀市長 市議時代と市長になってからで、同じ職員でも評価が変わりました。市議時代に持っていた職員に対する評価をいったん消去して、新しい観点で見なければならないと気付きました。市議時代は地域のお祭りに誘われましたが、市長になると、「忙しいだろうから来なくていいよ」と言われ、私に対する接し方も変わりました。地元紙に市長のその日の動向が載っているんですが、よく「どんな話をしたの?」と尋ねられますね。

 仲川げん奈良市長 就任から2週間もたっていないので、役所の中で迷ってしまいます。私は、市政を外から見てきましたが、意識の高い職員もいて、意外と役所内の温度は高いことに気付きました。街を歩いているといろんな人が声をかけてくれる。「若い市長に、いろんなものの見方を教えてやろう」とメールや手紙も多い。街の動きを逐一報告してくれる人もいる。「何か自分もかかわってみよう」という人が増えたのかなと思います。

 熊谷市長 市民は、新聞の千葉版を先に読むようになりました。年配の人も私のブログを見てくれる。お祭りに行っても、「見てるよ」って60代の人が言ってくれたり、プリントアウトして配ってたり。手紙も、従来の2、3倍届きます。信じられないくらい関心が強いですね。

−−皆さん若いから市民が「任せとけばいい」とは思わないのかもしれませんね。

 熊谷市長 その通りです。お任せ感覚にはならないですね、これだけ若いと。「見守り感」があります。

 吉田市長 私は「若いから」とあまり感じないようにしています。

−−定例議会を経験したのは熊谷さんだけです。

 熊谷市長 私は議会人だったので、想定内で収まりました。ただ、選挙が終わって2週間で議会でしたから、正直言ってしこりは残っていました。マニフェストの一言一句でも、「これは誤解を招く表現だ。この場で謝れ」と言われたり。

 仲川市長 私は9月議会が本番ですが、マニフェストについて突っ込みが多分あると思います。私の思いを一方通行で伝えるのではなく、よい議論によって政策を磨く場として議会が機能すればいいと思っています。

−−選挙の勝因はなんでしょう。

 仲川市長 奈良は越境通勤通学者の割合が日本一ということもあり、国政への関心が高いんです。有権者は足元の政治にはあまり関心がなかったが、今回は国政と市長選がうまくリンクしてくれました。足元を動かせば国の改革にもつながると思ってもらったのが大きいですね。

 熊谷市長 千葉市は50年以上、市長になるのは助役(現副市長)をした人だけ。しかも、中央官僚が「天下り」、助役から市長になるのが30年以上続きました。借金も1兆円を超えているのに、相変わらず箱ものも造っている。どう見ても行き詰まっていました。そこに市長が逮捕される事件が起き、「古い側」に自民、公明がつき、私に民主がついて構図が鮮明になりました。

−−吉田さんは各党相乗りの現職に勝ちました。

 吉田市長 当選の日から同じ質問をいただいてますが、勝因分析はマスコミの仕事と繰り返し申し上げています。私は「みなさんのおかげです」としか言えません。

−−でも風や若さだけでは勝てませんよね。

 吉田市長 風を起こそうという気はありませんでした。一人一人が土を耕し、種をまくイメージでした。横須賀のまちづくりをするのは、明日やむかもしれない風ではないという思いです。選挙戦の最後は、60〜70代の人がマニフェストをポスティングしてくれたり、私がいなくても勝手に行動を始める人がたくさんいました。

−−東京都議選で、自民党のドンと呼ばれた人が26歳の新人に敗れました。

 熊谷市長 若さではなく、多選批判もあったと思います。

 仲川市長 奈良の場合は「古い」のが当たり前です。江戸時代も奈良から見たら「ついこのあいだ」です。30年住んでも、「まだ新人」の感覚。古さが美徳とされ、変化を嫌うマイナス要素もありましたが、今回の市長選では、新興住宅地の有権者が大きな力になり、今までのあきらめモードが変わりました。過去も変革を訴えて当選した市長がいますが、うまくいかなかった。私が改革を裏切れば、もう市民は信じないという危機感はあります。私たちの世代が、何十年来の古いあかを捨て、国の形を変えることができるのか、どんなビジョンを掲げることができるのか。先日出席した国際会議で、日本で若い市長が増えている話をしたら、中国から来た人は強い関心を示しました。若い世代が新しい社会像を見せることで、世界にも何かのメッセージを発信できるかもしれません。

衆院選地方分権

 ◇財政自立が肝要−−吉田氏
 ◇補助金の変革を−−熊谷氏
 ◇自治担える職員−−仲川氏
−−衆院選に何を期待しますか。

 吉田市長 地方分権が一番の判断基準です。地方交付税制度を考えていただける政党に政権を担当してもらいたいですね。横須賀は交付税をもらっていますが、どうしても依存してしまいます。でも不交付団体を目指そうとしても、インセンティブ(目標達成を促す刺激策)がないんです。例えば、交付団体なら妊産婦健診は交付税で賄えますが、不交付団体だと、市の一般財源から出さなければならず、損をする。私は財政の自立が地方分権の肝だと思うので、まず交付税制度を見直してほしい。不交付団体になるメリットを与えていただきたいです。

 熊谷市長 私は判断基準が二つあります。まずは補助金システムを変えてほしい。「新規事業でなければ出さない」とか、国が使い道を限定する「ひも付き補助金」が多すぎます。これをなくせば、自治体は金の使い方を自主的に考えるようになりますし、補助金行政がなくなれば国も人を減らせます。
 我々が道路を造る場合、補助金の仕様書に合わせて山のような書類を作らされます。そして霞が関には、全国から集まる書類を審査する技官があふれかえっています。政令市や中核市なら規定通りの道路を造ることはできます。霞が関でダブルチェックするのは人件費の無駄です。また、地方は補助金を使い切ろうとして、無理やり使い道をひねり出す。それを自由に使えれば、もっとやれることがあるはずです。
 もう一つは公職選挙法を変えてほしい。これは現職が当選しやすいようにできています。まず、告示(公示)から投票までの選挙期間です。一般の人から見れば、今回の総選挙は事実上選挙戦に突入していますが、公示されてないので、街頭で名前を出したらいけないとか制約がたくさんあります。ホームページも公示後は内容を更新できない。こういうことを直さないといつまでたっても政治は変わらないと思います。

 吉田市長 制約が多すぎるから、政治家になろうとする人が最初に公選法の抜け道を探さざるを得ない変なことになるんです。

 仲川市長 そうですね。当選後も定期的に朝立ちしようと思い、就任日の早朝にやったら、早速、選挙管理委員会から「(公選法で禁止されている)当選御礼と受け取られかねないので、控えては」と指摘されました。私は、これから市政をどう展開するかについてのメッセージに絞っていたのですが……。自分の言葉で伝えることが法で遮られるのは不思議でしょうがないですね。

−−中央官僚はよく「地方には人材がいないから権限を移譲できない」と言います。

 熊谷市長 権限移譲を拒むための単なる枕ことばだと思います。官僚が地方の細かいニーズを把握しているわけではないですから。また、県からの権限移譲も必要です。

 吉田市長 横須賀は中核市ですが、中核市で全部を見ろといわれたらちょっと難しい。ただ、政令市が持っている教職員の人事権は中核市でも持てると思うし、他にもたくさんできることがあります。

 仲川市長 国の施策には本当に制約が多い。経済対策の補正予算を例に挙げると、市が今年度の当初予算に盛りこんだ事業は対象にならないんです。使いたいことに使えず、いらないパソコンを山ほど買えばお金が国から出てくる。現場のニーズに合っていないんです。地方に力量がないから任せられないというのは、「卵が先か、ニワトリが先か」の議論であり、地方自治体職員の能力で担えないとは思っていません。

−−地方分権を巡り、マニフェストの注目度がアップしました。全国知事会などが点数評価したり、首長グループも発言力を増しました。

 熊谷市長 メディアの力もあります。大阪府橋下徹知事がクローズアップされ、テレビも飛びつきました。マニフェストに取り組まなければいけない雰囲気があります。

 仲川市長 首長同士が、声をかけあうことは必要だと思います。ただ国を動かす手段として、首長自らが取り組むべきか、それとも国会議員や政党に働きかける間接的なアプローチがいいのか、これから考えていきたい。それより、私はまず、地味な市長になりたい。目の前の課題を一つ一つ解決し、その集大成として新しい自治体像を示したい。そのために自治体間で、課題解決のプロセスを共有していきたいと思います。

 吉田市長 順序があると思います。全国市長会があり、中核市長会もあります。基地を抱えている自治体の集まりとして全国基地協議会などもあります。そういう場で発言し意見の取りまとめをしていく。橋下知事や宮崎県の東国原英夫知事が登場するまでマスコミは(地方分権に)注目してきませんでしたが、マスコミには全国市長会などの正規の場所で、首長がどんな発言をするのか、まず注目してほしいですね。その上で首長連合などの政治的な活動にもプラスアルファで注目していただきたい。

−−全国町村会道州制反対の意見書を自民党に提出するなど、かつてない動きをしています。

 熊谷市長 地方分権が「風」、ブームになっています。でも、問題なのは、地方分権が実現すれば何が変わるか、本質的な部分が多くの有権者に理解されていないことです。全国知事会衆院選マニフェストを採点しても、「その点数はおかしいよ」と異議を唱えられる有権者は少ないんじゃないでしょうか。それに、補助金地方交付税など制度が難しすぎます。そこをかみくだいて説明し、改革をしたら市民生活にどんな好影響があるか、有権者に理解してもらわないと、ブームは一過性で終わってしまいます。地方にとって、改革を実現させるのは今しかない。真剣勝負です。

−−初の本格的なマニフェスト総選挙とも言われますが、批判を受けて中身を変えるなど迎合主義的な部分もあります。

 熊谷市長 選挙だから、政党も地方の声を聞かざるを得ないし、迎合はいいことだと思います。政治家に選挙後に約束させるのは難しいし、選挙後に変えられるより、前に変えたほうが潔い気がします。迎合主義かどうか有権者が判断すればいいでしょう。私はマニフェストを変えませんでしたけど、最終的に一番いい中身に収れんすればいいのではないでしょうか。

 吉田市長 迎合的側面はあるんじゃないかと思います。途中で中身が変わるのは、マニフェストの実質が根付きつつある過程の一つであり、迎合主義的な側面を否定的にとらえる必要はないと思います。逆に、地方分権の内容が充実したりもしました。その点はありがたいですね。

 仲川市長 マニフェストを出せば、相手も似たものを出して「まねフェスト」になる部分は否めませんが、どんどんまねしてもらって、いい中身になればいいと思います。今回、マニフェストは政治への関心を段階的に高める機能を発揮しているという印象を受けました。

■まちづくりへの思い
 ◇真の豊かさ再び−−仲川氏
 ◇右肩下がり対応−−熊谷氏
 ◇暮らし良さ強調−−吉田氏
−−最後に、みなさんはどんなまちづくりをしたいですか。

 吉田市長 東京一極集中から脱し、横須賀で暮らし、働けることのすばらしさを実感できる町にしたいですね。横須賀は東京に近く、三方を海に囲まれています。緑も豊かだし、駅を降りれば空気もきれいです。そういう中で働いたり、暮らすことの幸せを積極的にアピールしたいです。

 熊谷市長 千葉市は東京のベッドタウンとして発展してきたので、文化、歴史の蓄積が少ないですが、人口増も含めて、右肩上がりを続けてきた大都市です。ところが、少子高齢社会に突入しているというのに、右肩上がりを前提としたシステムは全然変わっていません。行政も天動説のままで地動説に転換できていません。一方、私のような30代市長は、実感として右肩下がりを肌身で知っています。それが50、60代の人たちと違うところで、若い世代の期待が高まっているのではないでしょうか。右肩下がりの中でも、どうやって市民の幸せを実現していくかを示したいですね。

 仲川市長 奈良は来年、都ができて1300年。文化的なストックは豊かです。しかし、その豊かさを生かすすべを知らなかったり、ありがたみやアイデンティティーを感じていなかったりということに、私は危機感を持っています。右肩下がりという経済的側面も大事ですが、本当の豊かさをもう一度取り戻すために、政治が変わることによって暮らしがどう変わるのか、私たちの社会がこの先どういう道を歩んでいくのかを考えることが課題だと思います。
 長い歴史を持つ奈良では、多くの市民が長い時間軸で物事を見ています。悠久の時間軸の中で私たちが一時代を預かっているという意識がある。歴史的なターニングポイントで、どんなインパクトのあることができるのか、市政を通じて大局的に考えていきたいですね。
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◇3人以外に09年に初当選した30代市長
 (年齢は当選時、敬称略)
1月25日 三重県松阪市  山中光茂 (33)
2月 1日 静岡県御殿場市 若林洋平 (37)
3月 1日 山口県柳井市  井原健太郎(34)
4月19日 長野県佐久市  柳田清二 (39)
5月31日 大阪府松原市  澤井宏文 (38)
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■ことば
 ◇地方交付税
 1950年創設の地方財政平衡交付金制度が前身。財政力の弱い自治体に国税の一部を配分し、地域間格差を是正する。国庫補助金と異なり、使途を限定されないので、歳入不足に悩む自治体の安定財源となる。都道府県平均では歳入の16.9%(07年度)を占める。歳入増で不交付団体になるとメリットがなくなるため、自治体の自助努力を遮るとの指摘もある。09年度の不交付団体は東京都、横浜市など152で不況のため前年より27団体減った。地方交付税を地方固有財源として「地方共有税」に代え、地方同士で融通し合う制度にすべきだとの主張もある。
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■人物略歴
 ◇くまがい・としひと
 1978年2月生まれで神戸市出身。早大政経学部卒業後、NTTコミュニケーションズに入社。会社員時代、民主党の公募に応じ、07年千葉市議選に当選。鶴岡啓一前市長の辞職に伴う今年6月14日の出直し市長選に31歳4カ月で当選。現役では最年少、政令市長では最年少記録を塗り替えた。愛読書は司馬遼太郎。仕事の合間にバドミントンや卓球で気分転換する。好きな言葉は「温故知新」。
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■人物略歴
 ◇よしだ・ゆうと
 1975年12月生まれ。早大政経学部卒業。コンサルティング会社員を経て早大大学院修了。修士論文のテーマは「地方議会活性化のためのIT化施策の可能性と限界」。大学院在学中の03年、27歳で横須賀市議に初当選。2期目途中の今年6月28日、地元の小泉純一郎元首相も推した自民、公明、民主相乗りの現職市長を破った。選挙がないときも続けてきた駅立ちは1200日を超える。
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■人物略歴
 ◇なかがわ・げん
 本名は元庸(もとのぶ)。1976年3月生まれで奈良県平群町出身。98年に立命館大経済学部を卒業後、帝国石油(現国際石油開発帝石)に入社。01年に退職して奈良市でボランティア活動を始める。02年からNPO法人「奈良NPOセンター」に勤務し、電話相談「チャイルドラインなら」を発足させるなど、子供の支援を中心に活動。民主党の推薦を受け、7月12日の市長選で初当選した。趣味は料理。

同記事では,毎日新聞が企画開催された,千葉市横須賀市奈良市の3市長による座談会の内容を紹介.同記事では形容されているように3市長が「若い」か否かは兎も角,何れの市長も,本年度に就任された市長の皆さんによるご発言.2008年10月9日付の本備忘録で取りあげた,新人議員による鼎談記事とともに,就任後の「発言の重み」,就任前後での職員評価の変化,「役所内の温度は高」さのように,新市長として,直接的に経験し,感想を抱いた,庁内・議会への参与観察の記録とも読むこともでき,楽しい記事(そのため,「■衆院選地方分権」への意見よりも,実際に体験された庁内運営等やそれに基づく感想や課題について紹介がなされていると,良いのになあとも思わなくもありませんが).
首長は,地方自治法第147条にあるように「当該普通地方公共団体を統轄し,これを代表する」ものであり,いわば当該自治体における「指導者」ともなる.この「指導者」という語は,「もともとは,何かを開始して,それを成し遂げるために手を貸してくれる仲間を探し出す人物のために使用されていた」*1ともある.市民からの「見守り感」を越えて,当初掲げられ,信託されている「目標」(225頁)を「目的」(同頁)と規定し,如何に活動されるのか,要観察.

*1:ハンナ・アレント『政治の約束』(筑摩書房,2008年)158頁

政治の約束

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