新旧市長が握手を交わして引き継ぎ文書に署名―。任期満了に伴って21日に市長の梅原克彦氏が退任し、新市長に元副市長の奥山恵美子氏が就任する仙台市では、そんな定番の光景を見ることはなさそうだ。「身内の争い」となった選挙戦をめぐる2人の確執と見る向きもあるが、実は仙台市では過去に新旧市長が直接会って引き継ぎした例が一度もない。市は「今のところ予定はない」と前例を踏襲する考えだ。
 地方自治法で首長の事務の引き継ぎには帳簿、財産目録の作成、懸案事項の説明文の準備などが求められる。新旧の知事や市長が談笑しながら事務引き継ぎ書類に署名するのは首長交代の象徴的な儀式だが、地方自治法に両者の面会を義務付ける規定はない。
 戦後の仙台市長を振り返ると、岡崎栄松氏は1957年に選挙無効の最高裁判決で市長の資格が失効して引退。島野武氏は84年に在任中に死去し、石井亨氏は93年に収賄容疑で逮捕されて辞任した。いずれも市長の不在期間があり、引き継ぎで新旧市長が顔を合わせることができない状況だった。
 仙台市で新旧市長の対面が可能だったのは、藤井黎氏が引退し、梅原氏が新市長に就いた2005年だけ。当時の関係職員は「両氏からやってほしいとの意見はなかったし、事務方も頭になかった」と振り返る。県の場合、05年の知事選で初当選した村井嘉浩知事と、対立候補を支援した浅野史郎氏が対面し、事務引き継ぎ書類に署名した。7月の市長選で奥山氏の対立候補を支援した梅原氏。市行財政改革課は「市長から要望があれば検討するが、なければ前例通り作業を進める」と話している。

同記事では,仙台市における市長交代に伴う引継手続について紹介.
長の事務引継ぎに関しては,地方自治法第159条に規定されているように,「普通地方公共団体の長の事務の引継ぎに関する規定は,政令でこれを定める」とされており,同法施行令では,第123条において「普通地方公共団体の長の更迭があつた場合においては,前任者は,退職の日から都道府県知事にあつては三十日以内,市町村長にあつては二十日以内にその担任する事務を後任者に引き継がなければならない」とあり,知事・市区町村長それぞれの「退職の日」から一定期間での実施が要請されている.また,「特別の事情によりその担任する事務を後任者に引き継ぐことができないときは,これを副知事又は副市町村長に引き継がなければならない.この場合においては,副知事又は副市町村長は,後任者に引き継ぐことができるようになつたときは,直ちにこれを後任者に引き継がなければならない」と,副知事・副市町村長が一端引き受けることも想定している.
また引継の具体的な内容としては,同法施行令第124条において,次のように規定しており,「事務の引継ぎの場合においては,前任の普通地方公共団体の長は,書類、帳簿及び財産目録を調製し,処分未了若しくは未着手の事項又は将来企画すべき事項については,その処理の順序及び方法並びにこれに対する意見を記載しなければならない」とされており.つまり,引継においては,まさに「役所(ビュロー)」に関することであるからこそ「文書装置」*1を通じた業務であることが徹底されており,口頭による引継は想定されていない.そして,引継文書については,同法施行令第128条にもあるように「現に調製してある目録又は台帳により引継ぎをする時の現況を確認することができる場合においては,その目録又は台帳をもつて代えることができる」ともあり,首長自ら,新たな文書を調製する必要はない.
同法同条第2項では,「前項の政令には,正当の理由がなくて事務の引継ぎを拒んだ者に対し,10万円以下の過料を科する規定を設けることができる」と過料も設けており,その堅実な実施を予期している.ただ,引継が行われないことで,「後任者」が「法律上,事務を行えないということはない」との観点から,「事務引継は,決してそのような後任者に事務執行の権限や能力を附与するための要件とすべきものではない」とされ,あくまで「事務引継は後任者の事務執行をして容易にし,前任者と後任者との事務執行において統一と調和を得ることを趣旨とするにすぎないもの」*2と解されている.
交代により,前任者から刷新されるものもあれば,持続するものもあり,また,その伝え方も,確かに「文書装置」で伝達可能なものから,役所の「有職故実*3の如く,口頭や日々の所作でしか伝わらない,細やかなものまであるはず(寧ろ,庁内外においける吃緊・中長期何れにおける懸案事案等も口頭でしか伝えにくいのかもしれません.もちろん「対面なし」も一つの「有職故実」かもしれませんが).前任者・後任者がどのような立場にあり,例え,刷新・持続の判断は後任者が行うにしても,それぞれの立場を離れて,同法第146条にいう「統轄」「代表」としての長である2人の間では,限られた「文書装置」以外の伝達装置が設けられていても良いようにも思わなくもない.

*1:マックス・ウェーバー『支配の社会学Ⅰ』(創文社,1960年)61頁

支配の社会学 1 (経済と社会)

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*2:松本英昭『新版 逐条地方自治法第5次改訂版』(学陽書房,2009年)518頁

新版 逐条地方自治法

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*3:清水真人『首相の蹉跌』(日本経済新聞出版社,2009年)153頁

首相の蹉跌―ポスト小泉 権力の黄昏

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