美術館へ行こう (岩波ジュニア新書)

美術館へ行こう (岩波ジュニア新書)

本日は,同書.
先週,学生さんとお会いした際に公立美術館を対象に卒業研究を取り組みたいとのお話を伺いました.下名は卒業研究の対象には,学生さんが最も関心があり(おもしろいと思っているもの),そして,下名が全く知らない対象を選んでもらうこと(知っていることを伝えて,それを書いてもらっても,今度は下名がおもしろくはありませんから)を強く薦めています.そこで,下名も早速お勉強と思い,書店で目に留まった同書と長谷川祐子さんの『キュレーション 知と感性を揺さぶる力 (集英社新書)』(集英社,2013年)を購入し,拝読.
岩波ジュニア新書ですので,中高校生向けですが,いやいや中高生だけに読ませるにはもったいない,自治体行政上の具体的なテーマの宝庫でした.美術館という「ハコ」をたてること(そして,閉じること)が政治とすれば,「ハコ」のなかにモノを入れ,うごかすことはやはり行政なのだあと感じました.
本書は4つのテーマから構成されています.まず序章では美術館の魅力を伝え,第1章では展覧会のつくられ方を紹介しています.第2章は,最近の取組として,美術館がワークショップなどを開催し,人と人とがつながる場となる様子を描き,第3章では美術館が所蔵する作品の管理の方法や空間,学芸員の現状を伝えています.そして,終章は「広がる・つながる・楽しくなる」(171頁)方法を紹介しています.空間の立地,地域交流,学芸員の採用や育成,作品の管理,さらには美術館内での「レストラン」の可能性など,美術館という研究対象は,本当に多くのテーマがありそうです.
例えば,本書を拝読すると,「立派」な「ハコ」ができた後でも「所蔵品が中途半端」(30頁)であったりします.では,「ハコ」をうごかせないかといえば,そうではないことが本書を拝読すると分かります.つまり,「美術館同士での作品の貸し借り」(132頁)という,個々の美術館での展示会を支えあいが,一つひとつの美術館の所蔵品の不足を補いあっています.本書では,「美術館」の「横のつながり」(142頁)の装置として,全国美術館会議,美術館連絡協議会,21世紀ミュージアム・サミットを紹介しています.
しかし,同装置があれば「横のつながり」が万全となるわけではないようです.貸し借りは「「ギブ・アンド・テイク」の関係」でもあり,まずは借りる側も「良い作品」(132頁)を所蔵していることが必要となります.とはいえ,財源はもちろん管理所蔵のための物理的空間の制約があり無尽蔵に購入することはできません.そのため,自ずと作品の調達には「真剣」(同頁)になり,担当職員である学芸員の力量が美術館を支えていることも分かります.
また,「地元との密着度が高い」(32頁)公立図書館は,地域でお住まいの「作家自身やそのご遺族」からの「寄贈や寄託」や「作品の収集」(32頁)も行ないます.ただし,難しさもあるようです.「地域に根ざした美術館であるためには,地元作家を大切にするのは当然のこと」である反面「美術館で収集するに値するかどうかは慎重に判断する必要」(33頁)もあります.それは,「所蔵作品が寄贈品や寄託品ばかり」では「館の収集方針自体がぶれてしまい」「テーマ性やおもしろみをだせいない所蔵品展」(33頁)にもなりうるためです.
美術館を支えているのは地域住民であり,長期的な関係性を考えれば,短期的に美術館本位での作品の選別はできにくい.とはいえ,余りにも関係性を重視しすぎると,作品の維持管理の費用と空間が発生し,何よりも美術館の魅力を失することもありうる.作品の調達をめぐり,短期と長期の関係性のディレンマも見いだせそうです.
「地域の住民の税金で成り立つ美術館」(165頁)は多くの方に「できる限り大勢の人」に「関心をもってもらい,かつ足を運んでもらう」(166頁)ことが必要と述べます.しかし,その一方で公立美術館であるがゆえの次の指摘には,なるほどと思いました.

美術館は,一般に公開するということ以外に,作品を後世に残すという重要な役割も担っています.そのため作品を収集したり保管したりしています.「今」だけを考えていては,その役割をまっとうすることはできないでしょう.」(167頁)