県庁おもてなし課

県庁おもてなし課

高知県には「パンダ誘致論」があった.
高知市の市立動物園の移転計画と高知県の県立動物園の二つの動物園の新設計画が検討された「二十数年前」の頃のことである.この計画では「二施設を一つにまとめて,予算を集中し」,「観光の目玉」(8頁)としてパンダを誘致しようというものだ.そして,ただ「時代は親方日の丸箱物全盛」のころ,実現はされることなく,それぞれ,市と県それぞれで建設された新しい公立動物園は,「色んなものと折り合いをつけようとした結果,観光施設としては最も中途半端なところへ着地してしま」(9頁)うことになった.そして,「パンダ誘致論」を唱えていた同県職員は,「閑職に回され」(8頁),その後,静かに,県庁を去っていく.そのような経緯から10年が経過した後,同県の観光部に設置された「おもてなし課」が,同県知事より「独創性と積極性」(12頁)をもった企画の立案を知事から求められることになった.
本書では,「硬直性が壁」(327頁)となりつつも,新たな施設づくりに力点を置くよりも「素の自然環境と元ある整備を利用した」(129頁),同県がもつ潜在的な資源を観光資源として掘り起こし,それらを結びつけることを目的とした,「高知県まるごとレジャーランド化」(129頁)という新しい構想を策定するまでを,軽やかに描く.
下名は,同課に配属された職員・掛水史貴とアルバイトの明神多紀という,職員の成長譚としても楽しく拝読.また,観光資源を利活用する際の考え方を,考える機会を提供してくれる.例えば,計画内で「グリーンツーリズム」が基調となる新しい構想自体では,「『後追い』の企画」であったものの,「先発のえいとこ取りは企画屋の基本」(129頁)と,「後追いには後追いなりの後知恵」(129頁)を付加しつつ,新しく構想をまとめていく様子は,まさに,政策波及論の一つの事例としても得るものが多い.観光を一つの資源として,種々の構想を検討されつつも,限られた予算という制約要因のもとにある自治体が,その「足りん分は知恵と工夫」(262頁)を,如何に出していくのかを考えるうえでも学ぶところが多い.下名個人的には,本書の主人公の一人,掛水が「重要なものって地味なんですよ」(422頁)と述べた一言に,なるほどと思う.
本書の最後に掲載された,作者と実際の同県同課の職員のお二人,食環境ジャーナリストによる「鼎談」では,小説という虚構と行政という現実が,相似形の入れ子構造になっており,更に驚き.また,高知県に行きたくなる一冊.