岩手県花巻市教委が中心市街地の小学校で導入を目指す学校選択制「特認校制」が市民の同意を得られず、難航している。空洞化で児童数が減った学校に隣接学区からも通えるようにする提案だが、保護者らは「地域の一体感が薄れる」と不安がる。児童数をはじめ教育環境のバランスを取ろうとする試みは、2年連続で実施が難しい情勢だ。
 市教委が打ち出した特認校制は、児童数が増え続ける桜台小(804人)学区の子どもが、希望すれば約1キロ離れた花巻小(317人)にも通うことができる仕組み。昨年初めて提案したが、住民の反対で見送り、2009年度の導入をあらためて掲げた。1979年の桜台小開校当時、花巻小の児童は1062人、桜台小は637人だった。その後、桜台小学区で宅地開発が進み、約20年前に児童数が逆転。桜台小は教室や体育館が手狭になった。「桜台小は施設などの環境が悪化している。少人数学習ができにくい状況になりつつある」と及川宣夫教育長。学区見直しは住民の強い反発を招きかねないとして特認校制を提案した。年内の結論を目指す。桜台小側には反対意見が多かった。先月、PTA会長の小瀬川弘樹さん(41)は「小学校は地域コミュニティーの核。地域の一体感を失う」と、市教委に導入反対の要望書を提出した。市教委主催の住民説明会でも「仮に花巻小に通ったら、その児童は地区行事に参加しなくなる」との意見が出た。今回の提案は、1873年創立で宮沢賢治の母校でもある伝統校、花巻小の事情も影響している。中心商店街の衰退と郊外の宅地造成で児童数が減り、現在2年生は一クラスだけ。全児童は約50年前の約2700人の1割強にすぎない。花巻小PTA会長の島有三さん(42)は「地域行事に子どもの姿が減り、祭りに参加できない地区もある。少しでも増やして地域を盛り上げたい」と漏らす。都市部の小中学校で特認校の指定を受けているのは、東北では山形市の山形一小のみ。市街地空洞化で児童数が減り、2002年度から市内どこからでも通学できるようになった。「(障害者と健常者が共に学ぶ)ノーマライゼーション教育の推進など特色ある学校づくりを進め、今年も学区外から7人が就学した」(山形市教委)という。
 特認校制の導入について、岩手大教育学部の田代高章准教授(教育方法学)は「特色を打ち出し、学区外から通う保護者のニーズを引き出さなければ、効果は小さい。長期的には少子化が進む中、学校間の交流学習など連携の下地をつくることが大切ではないか」と指摘している。
[特認校制]市町村教委が地域の事情に応じ、従来の通学学区は残したまま特定学校の通学を認める学校選択制の一つ。過疎地の学校に多い。2006年5月の文部科学省の調査によると、特認校制を導入したのは全国で小学校が88自治体、中学校は41自治体。

本記事では,花巻市において,学校選択制(特認校制)の教育委員会側による導入方針と同市民側の意見を紹介.9月26日付の本備忘録でも取り上げた学校選択制の見直しの取り組みがあり,現在,文部科学省内でも同制度に関して検証が進められつつあるなかで*1,同市では,同記事のように,市民側から「地域の一体感が薄れる」とのおそれや不安から,同制度の導入に対して,消極的な意向が示されている模様.
2006年度に行われた文部科学省による調査結果では*2学校選択制を導入しない理由としては,「入学者が減少し,適正な学校規模が維持できない学校が生じるおそれがある」との回答が最も多く67.5%,次いで「学校と地域との連携が希薄になるおそれがある」があるとの回答で,65.3%とある.学校運営維持と地域連携希薄という二つの要因が拮抗した結果となっている.
この2つの「おそれ」により,規範的意思決定論にいう「リスク回避」(risk averse)へと傾くことになり*3,現行制度の継続(不行動の慣性)を選択するとも考えられる.ただ,これらの「おそれ」は恐らくは,当該地域において実際に導入してみなければ実証できない「リスク」ともいえ,制度導入をめぐる意思決定上の悩ましい論点か.意思決定論において選択肢が増加した場合には,選択する側にとって「魅力的な2つの選択肢の間でジレンマ」に陥り「意思決定そのものを拒否してしまう」という「選択回避」(decision aversion)(195頁)という現状に至るという実験結果もあるという分析もある.この結果からすれば,学校選択制を行った場合であっても,何れかの学校選択を迷う層は存在し続けるともいえる.また,大都市部*4とは異なり,移動コストを想定すると,片方のみの学校へ偏る蓋然性は必ずしも高いようには考えにくいと思うがどうなのだろうか(または,両校の「約1キロ」という距離では,移動コストは問題にならないか).
いずれにせよ,これらの論点を解明するには,同市において学校選択制の導入を通じて,制度導入以前に予期される「おそれ」や「不安」(いわば「リスク」)が実際に生じうるものであるのか,又は,制度自体が機能するかどうかを,試行等を通じた「根拠」に基づく検証がまずは必要かと思う.特に,制度導入(試行)に際しては,制度導入(試行)後にも,現行制度(指定校制度)へと「フィードバック」する機会を設けておけば,制度導入(試行)後に生じる「後悔プレミア」(regret premium)(197頁)からも回避されるとは思うが,制度導入(試行)上は難しいのだろうか.