別冊アステイオン 「災後」の文明

別冊アステイオン 「災後」の文明

 伊藤正次先生よりご恵与賜りました.伊藤先生,誠にありがとうございました.伊藤先生は,「多重防御と多機関連携の可能性」(64〜81頁)と題する論攷を寄稿されております.
 東日本大震災を分岐点としつつ,しかしながら捕われることなく長く広い時空間のなかで「災後」の政治,行政,経済,社会を考察された15本の論攷が掲載.いずれの論攷を読み進めていくなかで,戦後を巡りその継続と断絶が議論されたように,「災後」もまた災前との継続があるのか,または,断絶の契機であったのかを,各論攷から常に読み手に問いかけてくるような感想も持つ論集.伊藤先生の論攷は,このような問いを日本の自治・行政から考察する.
 本論攷では,二つのテーマがある.一つは冗長性・多重防御である.従前の行政では,効率性や無駄を排除し「異なる主体間の権限重複をできるだけ排除し,行政主体間の関係を流線形状に配列することが望ましい」(68頁)という考え方からすれば忌避すべきテーマである.しかし,今回の復興構想のなかでは「リダンダンシー」という理念が唱導されたように,危機管理ではむしろ一定の価値をもつ.本論攷では,流れに棹を差すように同概念を押し進めるものではない.多重防御があれば必ず安全が確保されるわけでもなく,また,財政状況からは冗長性・多重防御の余裕が既にないためだ.とはいえ,「財政的制約が存在することをあくまで前提としつつ」(73頁),冗長性・多重防御の発想を検証する価値はあるとみる.
 本論攷のもう一つのテーマは,多機関連携.既に災前から児童福祉行政や就労支援行政では試みられてきた分野である.これは,「関係機関間の分立状況」(80頁)がある分野では,異なる複数の機関が連携することで,公共サービスの質を高めるための試みであった.災後には,地域包括ケアや災害時相互応援協定と多機関連携の拡がりがある.とはいえ,多機関連携には課題もある.目的や情報の共有,「場」のマネジメント,人材の育成といずれも「容易ではない」(80頁).しかし,現状の「人材や財源が限られている中」では,「試行錯誤」しながら「実践を積み重ねていく」(80頁)を提案する.
 本論攷でなるほどと思った箇所は,次の指摘.災前・災後断絶論か,災前・災後継続論かという問いに引きつけてみると,速い流れの底には,緩やかな流れが続いているというのだろう.

将来の課題解決に向けたエネルギーを蓄積するためにも,1990年代以降続いてきた自治・行政の改革の成果をいま一度検証したうえで,現場の知恵を結集し,手持ちの資源をフル活用して,眼前の課題を一つ一つこなしていくことが求められるのではないか 」(81頁)