いなかのせんきょ (祥伝社文庫)

いなかのせんきょ (祥伝社文庫)

旧来,「村内の有力者たちが寄り寄り集まって協議」をし,「対立候補なども出さぬように根回しをしっかりとして,候補者一人,無投票にて村長が決まるようにしていた」(12頁),いわゆる醇風美俗の光景が今でも続く,戸陰村の村長選.
そんな同村でふって沸いた「県境をまたぐ」(14頁)近県三町村からの合併申出.同村ではこれに便乗.更に,新市建設に伴う合併特例債の発行を見込み,同村の財政力とは凡そ相応しくはないであろう,「二十四億円の建設費」をかけた「戸陰雛わらじ記念館」(16頁)を建設.しかし,幸と不幸は表裏一体なのか,「合併話は御破算」(同頁)となり,同村に残るのは新築の記念館とともに,巨額の財政負担.村長は「引責辞任」(19頁)し,「尻尾を巻いて逃げ出し」(同頁)してしまう.はてさて,その後の村長は誰がなるのか.
本書では,同村の選挙の候補者選定から,村長就任の終わりまでを,本書内での「選挙はお祭りなんだよ」(153頁)ともあるように,有力対抗候補,地元実力者,親族等が様々な人々が入り乱れる,賑やかな祭事の連続風景から,「村への愛情」(238頁)から愚直に取り組む政事へと結実する過程を描く.合併(論議)後に残されたもの,残るものとは何であったのかをも考えさせられる.
選挙とはドロリとしたものと想定されている方々には物足りない向きもあるかもしれないものの,「講壇調」(241頁)で,テンポよく痛快に描かれる本書は,読んでいて楽しい一冊(本書最後尾の「宣誓」での語り口は,移動中の電車のなかで拝読しつつ,目頭が熱くなりました).