本日は,同書.この三週間程の移動のなかで鞄に入れつつ読了した書籍のうちの一冊.
「なぜ東京でキャップ&トレードを実現することができたのか」.この問いを,東京都の現職の環境局長さんが明らかにする同書.答えの一つは,首長の「政治的リーダシップ」であったことを同書は否定はしない.ただ一方で「一喝の号令で実現できるものでない」(122頁)ともいう.では,何か.
一つめは,東京都の取組の肝は「トップダウンではなく,ボトムアップで提案され,検討が開始された」(122頁)点にある.ボトムアップで「具体的なデータ」(157頁)に基づく議論の積み重ねこそが政策を生み出したのだ.そして,このようなボトムアップは一朝一夕でできたのではない.1960年代からの東京都の「公害行政」(127頁)で見出した「必要な場合には,国に先んじて環境施策を導入するという姿勢」が現代の「東京の環境行政のDNA」(127頁)となり継承されているのである.これが一つめの理由である.
しかし,ボトムアップは都庁職員だけの知恵と情報で作られたものでもない.これが上記の問いを解く二つめの答えにもなる.つまり,企業,団体,環境NGOとの「信頼のネットワーク」(163頁)が,政策形成を支えたのである.これは,同書の第穵部では,ニューヨーク市,北東部諸州,カリフォルニア州の事例を紹介しながら,やはり外部の専門家が加わることの有益さが述べられており,アメリカとの共通点である.
そして,ボトムアップの蓄積と専門性・利害関係者との連携だけではない.「実際に遂行できるスタッフ集団」(170頁)がいたことを本書は強調する.また,スタッフも予め環境に精通している職員が揃ったわけではないようである.むしろ,実際の政策づくりのなかで「職員の力量」が「著しくたかまっていった」(175頁)という.
特に,「多くの事業所に現場訪問することで」「リアルな実態を把握することができるようになっていった」(173頁)という,1000社への現場調査の経験を紹介する部分は印象的である.本書で紹介されている現地経験に加わった職員の一人は,「直接,現場に出向くことは,当初,とても怖かった.現場で意見を聞く,という経験をしたことはなかったし,何を言われるかがわからないので,とても怖かった」(174頁)と率直に調査前の心境を語る.しかし,実際に調査をすると「「現場をみて,そこからの意見を直接聞く」重要性を本当に学ぶことができた」とも述べ,「真剣に対峙していき,教えてもらうこと」(174頁)を実感した,という.つまり,現場感覚に根ざした職員がいた(生まれた)こと,これが上記の問いへの答えともある.
では,そのような職員を生み出すためにはどうすればよいのだろうか.本書が提示するこの新たな問いへの,次の指摘には,なるほどと思いました.

こうした職員を生み出していくうえで,大事なことのひとつは,専門能力の育成に着目した職員配置をすることだと思う.自治体職員の配置で往々にしてみられるのは,まったく異なる行政分野を二,三年という短期間で移動させるパターンである.幅の広い視野の育成とか総合的な知見の育成など,こうした短期異動がふさわしい理由もなくはない.しかし,現在は,地方自治体が,国の決めた方針に従って事業を実施する機関だった時代とは違う.何らかの分野に専門性を持たなければ,地方分権が進む中で政策形成能力の強化が求められる,これからの自治体で有用な役割を果たすことはできない.もうひとつは,積極的に自治体の外に出て,企業やNGOなどのメンバーと議論する場をもち,所掌する課題や業務に関する第一線の情報を吸収していくことだ.環境の局のスタッフの中にも,当初,環境NGO住民運動のメンバーとの会合に出ることをためらっていたメンバーもいる.伝統的な「役所」の文化になれていた職員には,なかなか足を踏み出しづらいところがあったのだと思う.」(223頁)

カリフォルニアの住民投票をめぐる支持派,不支持派双方のメディアを利用した「攻防」(98頁)からも,アメリカの地方自治の現場もよく分かる本書.本年度の基礎ゼミで課題文献に追加して,1年生の皆さんと再読しよう.