県内の自治体職員に、訴訟に備えた賠償責任保険に加入する動きが広がっている。市民の権利意識の高まりなどを背景に、公務員に対する住民・民事訴訟は増加傾向にあり、「安心」を買い、自己防衛する姿が浮かび上がる。旧氏家町(現さくら市)の浄水場訴訟控訴審判決で、損害賠償請求権を放棄したさくら市議会の議決が違法とされた影響もあって、市町長の間にもリスク回避の意識が高まっている。
 住民とのトラブルなどが原因で、公務員への損害賠償請求が増えているとして、損害保険会社などは「公務員賠償責任保険」を販売している。下野新聞社は1月、県内30市町に加入状況についてアンケートを実施。少なくとも宇都宮、栃木、佐野、小山、矢板、さくらの6市の職員が個人加入していることが分かった。県職員は100人以上が個人加入している。
 生活協同組合で2007年から同保険を扱う宇都宮市では加入が徐々に増え、263人に。窓口業務、個人財産を扱う職員や保育士らの加入が目立つという。さくら市は、加入者37人の大半が管理職。決裁権を持つ部課長らは、たとえトラブルの当事者でなくても、訴訟の対象となる可能性がある。
 首長で唯一、加入していると答えたのが遠藤忠矢板市長。07年に加入した保険は損害賠償の補償額が5千万円。職員なら数千円で済む年間保険料は約37万円と高額だが、個人負担しているという。ほかの首長も関心を寄せている。加入を考えているのは、佐野、大田原、さくら、下野、市貝、野木、岩舟、塩谷の8市町長に上る。いずれも、さくら市浄水場訴訟の東京高裁判決を加入検討の理由に挙げた。同判決は、前市長に対する約1億2千万円の損害賠償請求を同市に命じており、同市は最高裁に上告した。
 全国約800の市や特別区が抱える住民、民事訴訟は、ここ10年間で1・4倍に増加。県内でも近年約10市町で住民訴訟などが起こされており、保険加入を後押しする要因になっているとみられる。

 窓口で言葉遣いに立腹された。公園を利用した住民がけがした−。訴訟までいかなくても、公務には日々、トラブルの種が潜んでいる。「いつ矢が当たるか分からない」。県内自治体職員からこんな声が漏れる。公務員賠償責任保険に加入したことでひと安心といいながら、「保険で身を守らなければならないのは寂しい」と複雑な表情を浮かべる公務員も。最高執行権者の首長の危機感は一層強い。
 「職員個人が訴えられる時代だ」
 昨年4月、さくら市市民福祉部の幹部打ち合わせで、一人が報道を基に切り出すと、保険の話題に発展した。当初は部課長、保育園長ら同部約10人が加入しただけだったが、他部へ広がり37人に。「あの一件が頭の片隅にあった」。男性職員は、前市長が訴えられた浄水場訴訟控訴審判決の影響を指摘。部下から上がってくる案件の決裁権を持ち、政策決定にも関与する幹部は、人ごとではない。
 水道メーターの談合疑惑で幹部職員が訴訟対象となり、2003年に和解が成立した宇都宮市では、当初から「保険はないのか」との声が上がっていた。3年前、生協が扱い始めると迷わず加入した幹部職員は「訴えられるかもという危機意識は年々高まっている」。小山市の40代男性職員は、年約9千円で賠償金1億円と争訟費用が補償される保険に加入。「定年まで約20年。安心を買った」と話す。
 「(訴えられる危機感は)ある。まさに渦中にいる」。さくら市の人見健次市長は、浄水場訴訟で前市長に対する損害賠償請求をめぐって決断を下す立場だけに「複雑な心境だが、保険加入は前向きに考えたい」という。同訴訟の影響はほかの首長にも波及。真瀬宏子野木町長は「町民に損害を与える可能性のある立場という認識を強くした」。入野正明市貝町長は「行政処分で瑕疵が生じる可能性は必ず残る。さくら市の例を身をもって感じている」と加入に前向きな理由を口にした。
 一方「組織で行う行為において、何億という賠償を公務員個人に求めることは問題」「首長のなり手がいなくなる」と、訴訟の在り方に疑問を投げ掛ける声もある。

少し前の記事とはなりますが,両記事では,栃木県に位置する市町職員の賠償責任保険への加入状況を紹介.
訴訟リスクを内包(予期せぬリスクへの直面も想定されますが)した業務を担当される職員の皆さんの行動を想定した場合,訴訟リスクを予期し,第一記事でもある「リスク回避の意識」からその行動は「必要最小限の仕事だけをしようと考える」「吏員型」*1として,「萎縮」的な自己規律的な行動様式が観察されるのか,または,保険加入を通じてた行動への自己規律がやや解けた行動様式が観察されることになるのか,興味深い.
「作為過誤回避を指向する制度では不作為過誤の可能性が高まり,反対に不作為過誤回避を指向する制度においては,不作為過誤の可能性は減らせるものの作為過誤を招く」*2という「ディレンマ」も指摘される.賠償責任保険への加入に伴う,その行動様式への「十分な実証研究」*3も必要か.要観察.

*1:真渕勝『行政学』(有斐閣,2009年)499頁

行政学

行政学

*2:手塚洋輔『戦後行政の構造とディレンマ』(藤原書店,2010年)24頁

戦後行政の構造とディレンマ―予防接種行政の変遷

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*3:鈴木潔『強制する法務・争う法務』(第一法規,2009年)205頁

行政上の義務履行確保と訴訟法務「強制する法務・争う法務」

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