鷹巣町.1990年代後半からの一時期,自治体の高齢者福祉政策では,いわゆる「先進自治体」として必ず取り上げられてきた.しかし,いまはその姿はもうない.それは,2005年に北秋田市への市町村合併で町がなくなった,というわけではない.
 「誰かがつくり上げたものを,誰かが根源から破壊」(342頁)したのである.鷹巣町の1991年から2009年までの福祉政策の転換を「福祉ガバナンスのアクター間関係」に着目し,あらゆる立場の人々の「語り」を集積したうえで分析した本書.一つの町の一つの政策の盛衰を余すことなく描く厚みのある社会学の研究成果である.
 本書を読むと「福祉ガバナンス」の「アクター間関係」が政策を進める場合もあれば,閉じる場合もあることが分かる.とはいえ,決してアクターの行動は無軌道ではない.あらゆるアクターの間には,ノードとなるアクターがあることもよく分かる.それは政治家である.そして「政治があまりに強い」(345頁).そのため,政治家(町長)の交代が政策の転換をもたらすのである.いうなれば,本書は,地方政治の研究成果の一つとしても読むことができる.
 本書の面白さは自治体の中での政治の存在感ばかりではない.政策の推進と反対の双方が国の政策を活用する姿や,政策転換を図る上でのアイディアの存在,アイディアを進める外部支援者の存在と隘路など,単一事例研究ここに極まれりともいえほど,政策の盛衰を考える上でも,得られる知見は極めて豊かである.
 それにしても,政策の持続とはいかに難しいかがよく分かる.なるほどと思った箇所は,次の指摘.福祉政策に限定されるのか,他の政策をめぐるガバナンスでも見出すことができるのだろうか.

福祉ガバナンスに参加するアクターの関係は,「当事者」と「第三者」という区分だけでは説明できない.それらのアクターは当事者性を分有しており,互いに「第三者」であり,福祉ガバナンスの目標をめぐる利害関係者である.いかなる当事者も全てのアクターの当事者性を代表することはできない.ニーズの承認過程は社会的過程であり,極めて多様なアクターがニーズの承認をめぐって当事者化する」(259頁)